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仕事でもスポーツでもその道を歩む際には、やはり目標となる人やレベルの高い人のやり方や思考などをインプットすることが最も近道です。
野球の世界であれば鈴木一郎選手、将棋の世界であれば羽生善治棋士などが有名ですが、プログラミングの世界で有名人をご存じでしょうか。
今回はメディアやインターネットで名の知られているプログラミングの有名人をご紹介します。
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ビル・ゲイツ
ビル・ゲイツは父は弁護士、母は元教師という家庭で育ち、13歳でプログラミングをはじめ、その時に出会った2歳年上のポール・アレンと1975年にMicrosoftを設立しました。
そして、1985年に世界で最もシェアを誇るWindowsを発売し、その後1989年にMicrosoft Officeといった有名なOSやソフトウェアを世に送り出しました。
彼は個人資産世界一を誇ることでも有名ですが、52歳でMicrosoftの会長職から退き、「あらゆる病気の根絶」することを目標に、現在は慈善事業家として活動することでも知られています。
また、彼は大富豪でありながら倹約家であり、従業員が飛行機のファーストクラスや高ランクのホテルを利用することを無駄遣いであると嫌い、極力無駄を省くエンジニア思考であることが伺えるエピソードが有名です。
マーク・ザッカーバーグ
両親が医者という家庭に産まれたマーク・ザッカーバーグは、12歳で父から与えられたコンピューターを使いプログラミングを始めました。
そして、歯科医師である父親のサポートをする受付業務のソフトウェアを開発し、18歳にはユーザーの好みの音楽を元に新たな曲をレコメンドする「Synapse Media Player」を開発して、Microsoftから100万ドル(約1億円)の買収金額を提示されたというエピソードが、彼の才能を物語っています。
そしてハーバード大学在学中の19歳で学校内の生徒同士のコミュニケーションを繋ぐサービスとしてFacebookを開発し、1年後にはFacebookの開発やサービス向上に専念するため大学を中退しました。
2006年に経営に専念するためプログラミングからは手を引きましたが、「プログラムから離れることは少し寂しい」と発言したこともあり、彼が生粋のプログラマであったことが垣間見れます。
まつもと ゆきひろ
1990年に一塊のサラリーマンとしてソフトウェア会社に就職し、仕事の傍らでプログラミング言語の開発をはじめ、1995年にオープンソースとして「Ruby」を公開しました。
まつもと氏は高校生の頃から人間の意図をコンピューターに伝える手段を自分でデザインしたかったと話しており、その想いを10年かけて実際に成し遂げてしまったのです。
彼の魅力は、ビジネスとして見返りを期待してRubyを開発した訳ではなく、自分自身が便利で作りたいものを作ろうとして、5年間もの間、1人で継続してやり続けられたことです。
彼のプログラマとしてのマインドはインターネットで多くのインタビュー記事が公開されており、彼の発信する内容はプログラマとしての原点を呼び起こされるようなものばかりです。
岩田 聡(いわた さとる)
高校生の頃から独学でプログラミングを習得し、大学卒業とともにHAL研究所に入社し、「星のカービィ」や「大乱闘スマッシュブラザーズ」といった数々の人気ゲームソフトを輩出しました。
「MOTHER2」の開発が難航していた際、「いまあるものを活かしながら手直ししていく方法だと2年かかります。イチからつくり直していいのであれば、半年でやります」と言った岩田社長の有名なエピソードからも、プログラマとしての能力の高いことが分かります。
また、彼の社長としての顔も多くの経営者に影響を与えており、プレイヤーでありながら周囲の調和を大切にする人柄は、ほぼ日刊イトイ新聞の「社長に学べ!」という記事から伺うことができます。
西村 博之(にしむら ひろゆき)
彼の魅力はプログラミングの実力よりも、他の人が思い付かないアイデアや企画力、また幼少時代の環境もあり、周りに左右されず物事に動じないという精神的な強さです。
ひろゆき氏は小学校5年生からプログラミングを始め、中央大学を卒業し、1999年にインターネット匿名掲示板の2ちゃんねるを開設しました。
2015年にはフランスに移住し、英語圏で最大の匿名掲示板である「4chan」の管理人としてグローバルに活動しています。
若宮 正子(わかみや まさこ)
三菱銀行(現:三菱UFJ銀行)に勤務していた若宮氏は計算が苦手だったというが、計算機が導入されてからは業務改善や企画立案など能力を発揮して、当時では珍しい女性管理職を任されました。
元々、海外旅行が好きで英語が堪能であり、新しいことが好きだった彼女は一般家庭に普及する前からパソコンを購入し、1999年にはシニア世代の交流サイトの「メロウ倶楽部」を開設しました。
そして、70歳を目前にして、高齢者でもExcelを楽しめるよう、本来表計算につかうソフトウェアを罫線や塗り潰しの機能を使ったExcelアートを考案しました。
その後も高齢者がスマートフォンで楽しめるアプリケーションを考え、独学でプログラミングを学び、81歳で「hinadan」というお雛様を並べるスマホゲームを開発したのです。
その実績からWorldwide Developers Conference 2017に招待され、AppleのCEOであるTim Cookより、世界最高齢のプログラマとして紹介されています。
Kautilya Katariya(カウティリヤ・カタリヤ)
Katariyaさんはパズル、水泳、折紙が好きな少年でしたが、コロナ禍で学校が休校期間の間に両親がコンピュータの専門書やノートパソコンを用意して、Pythonを学び始めました。
そして、パズルを解くようにプログラミングを楽しみ、IBMの「Foundations of AI」、「Python for Data Science」、「IBM AI professional」といったAI関連の認定をいくつも受けています。
現在は、Javascript、HTML5、CSS3を勉強し、IBM Watsonを使ったAIプロジェクトにも取り組んでいるそうです。
まとめ
今回は国内外の有名なプログラマを7名ご紹介しました。
全員に共通することはビジネスとしててはなく、純粋に趣味の延長線としてプログラミングを楽しめているのが成功のキッカケでしょう。
プログラミングは何歳でも始めることができ、世の中にはないものを自らのアイデアを作り出せるという楽しさが伝われば幸いです。